アトピー性皮膚炎(その1)

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特別手記「私と森下自然医学」Aさん(広島県在住)

患者さんの体験談

重症のアトピー性皮膚炎で外出も困難だった
わたしが初めて食事療法を開始したのは今から11年前、21歳の時でした。あまりにも体調が悪化し、大学を続けられなくなったのです。医療機関をいくつも巡ったけれど効果はなく、ひどいアトピー性皮膚炎のために外出も困難で、「この先どうなってしまうのだろう」という危機感がありました。

私の祖母が30年以上、森下自然医食に取り組んでいて、祖母の家に遊びに行くたび玄米を食べ、雑誌を目にする機会があり「食事療法で体を治す」という考えがあることは知っていました。しかし21歳といえば食べたい盛りです。祖母の進めで広島から東京のお茶の水クリニックに行き、食事療法を始めたものの1ヶ月で脱落しました。毎日玄米を食べ続け、5kg体重が落ちのたのは良いのですが、体質改善反応が強く現れて氣分の悪い日が続き、ヒエやアワといった「セキセイインコの餌みたいな食事」も氣に入らず、あっさり放棄してしまったのです。

お菓子が食事代わりだった中学時代
わたしは元来、胃弱で体力が無くアトピー性皮膚炎なのに、中学時代から好きなお菓子の買い食いを覚えたのが運のつきで、めちゃくちゃな食生活を続けていました。

大好物のチョコレートやポテトチップスを毎日大量に食べたので、まともに食事を摂るとすぐ太りました。本末転倒ですが、カロリーを氣にするあまり食事を全く摂らなくなり、母とは喧嘩が絶えませんでした。摂るにしてもジャンクフード一辺倒になり、中学卒業の頃には日常生活にも困難を覚えるほど体力が低下していました。

氣後れから不登校になった高校時代
高校に進学しましたがアトピーがあまりにもひどく、氣後れから自信を失い不登校になりました。欠席日数が多く退学せざるを得なくなり、かなり落ち込んだ記憶があります。

アトピーは治らず以上に疲れやすいので、どんなアルバイトも続かず、暗澹とした10代でした。

元々、読書好きで勉強は苦にならず大学に進学しましたが、精神的には不安定なままでした。全く自分に自信が無く「こんな私に接近されたら相手は嫌なんじゃないか」という思いが先立ち、友人も作れず人間関係は不得手なままでした。醜形恐怖も強く、被害妄想にも苦しめられ、皮膚科に加え精神科に通院するようになりました。「うつ」と診断されて坑うつ剤や睡眠薬を処方されるようになり、やがてクスリなしには、社会生活(待ち合わせの時間を守る、等)すら困難になっていきました。

アトピー性皮膚炎は子供の病氣といわれ、成長するに従い治る人も多いようです。しかし、1割ほどの患者は思春期以降に持ち越してしまい、加齢に伴い過酷な症状になっていくということです。

わたしの場合は典型的な持ち越し患者でした。大学に入学したものの同じクラスの女子大生が化粧を覚え、すごい勢いで垢抜けていく中でわたしは洗顔すらできませんでした。

せっかく21歳で始めた食事療法も1ヶ月で挫折し、情けないことにまた元のジャンクフード三昧の生活に戻ってしまいました。思い通りにならない人生のはけ口とばかりに、胃袋にチョコレートとスナック菓子を放り込む毎日。菓子類ばかりでなく、予備校時代に毎日のように買いに行ったパン屋の店主に「パンが好きねぇ」と感心されたこともあるほど、元々お米よりもパンが好きでした。

魚はほとんど食べず、肉が好きで子供の頃の嬉しかった記憶は、全て肉料理に直結しています。母にいくら注意されても野菜、海藻などはめったに口にせず、グラタン、ピザなど脂っこい洋食が大好きでした。スポーツは苦手で慢性的にひどい運動不足っでした。

そういう無自覚な生活を続けている間に、アトピーは手がつけられないほど悪化し、入院を勧められるほどでした。経済的負担を考え、入院せずにいえに引きこもっていました。クロレラ療法にも手を出しましたが、大金を一括して取られた割に皮膚は全然きれいになりませんでした。

森下自然医食に再チャレンジ
そうしているうちに24歳になりましたが「最重症」のアトピー成人患者で、誰に会うのも氣後れしていました。たまたま森下先生の『自然医食のすすめ』の本を手にしました。どうしてその本が私の下に来たのか、全く覚えていないのですが、読んでいるうちに、かつて挫折した食事療法をもう一度やってみようという氣になりました。21歳のときの食養生は祖母や親のいうなりでしたが、今度は森下先生の本を読むうちに自分自身がどうしてもやってみたい、と思ったのです。

そして、24歳の8月に食事療法を再スタートしました。体質改善反応は3年前よりも強く現れましたが、全然苦になりませんでした。今回は「強い反応が出るのは自分の生命力が強い証拠」という信念があったからだと思います。毎日飲んでいた病院の薬を止める方が大変でしたが、スパッと止めました。以来、化学薬剤は飲んでいません。

体質改善反応の度に喜んだ

  • 眉毛が両方とも全て抜け落ち、生まれてはじめて「肩こり」めいた痛みを経験しました。肩の肩甲骨のあたりに大きな焼き鏝を押し付けられているような痛みで、3時間ほどでうそのようにしまうのです。髪の毛は一時期、染めてもいないのに茶色になり、抜け落ち、かなり少なくなりました。
  • 両脚膝の周りを中心に青あざが現れては消え、食事療法開始後4年目くらいまでは毎日のように頻繁に出ました。その青あざを風呂で発見しては「毒素排出!」と喜びました。体重は12キロ落ちました。
  • あれだけひどかったアレルギー性鼻炎は食事を切り替えてから40日間ほどで消えました。ジムで体を動かしていて自分の鼻ではないようにスースーと空氣が入るのにビックリした記憶があります。
  • 24歳の10月には奇跡が起こりました。たった100日間ですごく肌がきれいになったのです。完治とか根治と呼ぶまでには数年を要しましたが、涼しくなる10月中旬にはものすごく体を動かすのが楽になりました。洗顔にも入浴にも以前のような苦痛を伴わなくなりました。今では化粧もできます。

「現在」は、すべて自分の選択結果
主体的に自分の食事なり、治療法を選択することが、とても大切なことであるとわたしは学びました。
そしてそれは、子供のころからずっと祖母が言い続けてきたことでした。聖書にも「主によって家を建てるのでなければ、その家を建てる人たちの労働は無駄である」という言葉があります。主とはすなわち、真実である森下自然医学です。
治癒した今、自分が苦しむ原因は自分の選択の結果であることがよく分かりました。