アレルギー性皮膚炎(その2)

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学校給食を変えなくてはダメだ!
―親が『食』について考えるべき―

患者さんの体験談

 今回お伺いしたAさん(70歳・兵庫県在住)は現役の頃、調理の仕事をされていて、病院や学校で現代栄養学に基づいた治療食及び給食を作られてきました。
 病院勤務時代、当時は医師ならびに栄養士の指示通りに高蛋白・高カロリーの治療食を重症の患者さんに提供されてきたわけですが、あまりにも速く亡くなられていく患者さんを目の当たりにして、「何かがおかしい」と氣づかれ、疑問を持ち続けておられました。そしてご本人も、その後の学校給食によって胸部の異常な掻痒感に悩まされ、当クリニックにて受診。
 以前から現代医学に不信感を抱いていただけに、森下自然医学理論をお知りになられて、「この医学は凄い!」と感心され、迷宮入りだった謎が解けたそうです。
 直ちに給食を止められ、玄米持参の生活を続けられているうちに痒みが完全に消失。
 その後、MFC(森下フードコンサルタント)の資格まで採られ、肉乳食の給食を止めるべきだ―と声を大にして主張されてきました。そして今でも、「親がもっと『食』について考えるべきです」―と心から願っておられます。

院長の所見

診療(2008年10月18日)
■ 内臓機能検査
自律神経の働きが不安定。神経的に胃腸の働きも変化しやすい。胃から十二指腸の働きが少し落ちている。大腸の一部に少し負担がかかっている。血液の循環の状態、肺の働きが少し鈍い。腹部臓器、肝臓、腎臓、婦人科系の働きも多少落ちている。
■ 血液の数値
尿素窒素、即ち腎臓の数値は以前と較べると下がってきました。これは非常によろしいです。それからGOT、GPTなど肝臓の数値も良くなってきています。
■ 毛髪氣能検査、血液生態
毛髪氣能検査では、消化管のプラスとマイナスが交互になっています。例えば、胃がマイナス1、大腸がプラス1―という具合にですね。消化管以外では、心臓と腎臓がマイナスなので血管系が弱いと言えます。
 穀類ですが、玄米、丸麦、鳩麦、粟、稗、黒豆、小豆、大豆、蕎麦は全部合っています。玄米以外に稗と黒豆がとくにご本人の体質好みの穀物です。
 血液生態写真には、肺と腸からの毒素が出てきています。

Aさん おかきのような煎餅を食べるから出るんですかねぇ。

院長 煎餅はよろしいですよ。いずれにしろ、このように毒素が血液中に出てくる―ということは非常にいいことです。
 これから冬になるので、今のうちに身体を十分に使われて置くことですね。

Aさん ところで、以前に病院のCT検査で胸部に腫瘍がある―と診断されたんですけど、心配ないですか。

院長 その腫瘍は、触ったときにはもちろん前後左右に動きますよね。

Aさん ええ、そうですね。

院長 乳房の脂肪組織に小さい腫瘍が存在していて、脂肪組織が動けば腫瘍も動く状態…。いずれ消えてしまうので大丈夫ですよ。

Aさん 身体は元氣で、普通の生活ができるので病氣だと思えないんですけどね。
 毛髪氣能検査でも、抗腫瘍力がプラス6―と良い数値になっているので、氣にしなくていいですよね。

院長 そうですね。抗腫瘍力がプラス6で、リンパの能力、それから抗ストレス力ならびに免疫能力などが割合高いですよね。その辺がとても大事なポイントになってきます。
 例えば、仮に癌になったとしても、自分の自然治癒力で処理し、癌を消してしまう―という身体のカラクリがかなり強まってきているので、あんまりご心配は要らないと思いますね。

Aさん はい、これからも食事はきちんと守っていきたいと思います。

院長 その通りです。食べ物だけはきちんとしたほうがいいいですね。
 現代医学の考えでは、癌は最終的な病氣の終着駅である―と考えられていますけど、本当は、生活そのものを1ランクも2ランクも昇華させて、快適な人生を過ごせるにはどうしたらいいのか―ということを教えてくれるチャンスなのです。癌とは、そのような性格を持った通信手段なのです。

Aさん はい。

院長 ですから、自分の生活を反省して、どこに間違いがあったのか―ということを見つけて、それを軌道修正できるのであれば、これからは本当の意味での快適の生活を送ることができる―という「天からの便り」なのです。
 こちらに通われている患者さんの手記を見ればよく分かります。皆さん、癌に大変感謝をして居られるのです。癌になったおかげで、身体の状態から精神状態まで変わることが出来て、現在は明るい生活を送っています―という感じで書かれていらっしゃいますよね。

Aさん そうですよね。

院長 癌が「死」の一歩手前である―と、世間の皆さんはお考えになりがちですが、それは大きな錯覚です。病氣を「生」と「死」の間に配列した―ということは、肉食人種が作り出した西洋医学が如何に無能無知であるかということを、自ら証明していることなのです。

Aさん ええ、なるほど。

院長 彼らは病氣を治すことが出来ないのです。治し方を全く知らないわけですから―。
 西洋医学で、「重い病氣」と「軽い病氣」と差別しますが、それは、もし患者さんが亡くなられた場合、「重い病氣」だったから仕方がない―という逃げ口実のためなのです。

Aさん 森下先生のお話はよく分かります。どうもありがとうございました。

インタビュー

給食を拒否、味噌汁まで自分で

――Aさんは以前、学校給食の調理の仕事をされていらっしゃったのですね。

Aさん ええ、今は中国の食品問題が挙がっていますけど、かつても給食のインゲンやホウレン草などは、ほとんど中国産でしたね。なかには、袋詰めが国内なので国産と表示をしたり。食品添加物もひどくて、サッカリンを使ったり―。
 私も長い間それを食べていましたから、アレルギーになりましたよ。そのとき、牛乳も1日1本は飲みましたね。

――それで皮膚病にかかられたのですね。

Aさん 身体中が痒くてしようがなかったんですよ。夏の間がとくにひどくてね。
 それで、こちらを知ってから給食は止め、私だけ玄米を持っていきました。それから、給食の味噌汁は豚肉が入っていたり、化学調味料で味付けしてあったりするので、自分の分はその場で作って食べていました。
 そして玄米食をしているうちに、2年くらいで痒みが消えましたよ。そして、女性にとって給食の調理の仕事は重労働なんですけど、1回も病氣をしたことがないんですよ。それもこちらのおかげです(笑)。
 お手当ては、痒みがひどかったときはビワ葉エキスをぬったり、胸が息苦しいときは里芋湿布をしました。

――給食を作るという立場では、なかなか玄米食をしづらい環境ではなかったですか。

Aさん ええ、でもみんな協力してくれましたよ。定期的に学校の転勤がありましたけど、すべての職場でやりました。味噌汁をみんなにも食べてもらったりしたら、喜んでくれましたよ(笑)。

――あと、現代栄養学では牛乳を推奨していますけど、現在はどう思われますか。

Aさん あんなの嘘ですよ。カルシウムが多いとか言っていますけど、子供たちは骨折ばかりしていますよ。 パン食だったのが、米が余っているということで何日かは米食に変わったんですが、それでも牛乳は付くでしょ。おかしな話ですよ。私はお茶を持っていきました。
 あと、体温が低かったんですよ。汗までも冷たかったんです。玄米食を始めて1年くらいしたら標準体温にまでなり、身体が温かく感じるようになりました。

給食を変えなきゃダメだ

――玄米菜食の効果で、身体の代謝が良くなり、体質が改善されたのですね。

Aさん そうですね。でも、周りは心配していましたよ。玄米菜食をすると痩せてくるでしょ。そうすると、「食事療法はおかしいんじゃないか」って、よく言われました。病院の医者は「太る方法を考えましょう」とまで言うんですよ(笑)。
 でも校長先生は認めてくれて、「食事療法のことをぜひ父兄会のときに講堂でしゃべってくれ」、とまで言われましたよ。そのとき、「あまり給食の食事内容が悪いとは言わないで欲しい」、と言われましたけど、私は「それじゃ意味がない!」、と言い返しまして、そして結局、何百人もの父兄を目の前にして、「給食は肉や牛乳があるからダメです。玄米菜食にすべきです」、と言ってしまいましたよ(笑)。
 やっぱり、親がもっと考えるべきですよ。昔ながらの和食にするなどして。子供たちは洋食ばかりを好んで、給食で出される大根やひじきなどの一番おいしいものを食べないんですよ。要するに、食の嗜好性を変えなきゃダメですね。だから、給食をなんとかしないといけない、小学校の時期が一番大事なわけですから。

――大丈夫でしたか。保護者の方たちから非難されなかったですか。

Aさん そんなことなかったですよ。職員室の先生方からも、「よく、そんな大胆なことをしゃべったなぁ」、と感心されましたよ。
 でも、子供たちには絶対言えないですよね。

――そうですね。子供たちはショックを受けますからね。でも、少しでも父兄に伝わっていればいいですね。

Aさん ほかには、定期的に栄養士と調理師のボスが集まる会議があって、栄養士さんが「いつでも同じものが手に入る、化学薬品で品種改良をした良いトマトがあるんですよ」って、言うんですよ。そこで私は、「やっぱり子供たちのためには、大地で育った自然なトマトが良いです。絶対にそんなものを入れないでくださいよ」、と提案しました。そうしたら、「私たちは、こういうものを食べても大丈夫な身体にできています」、と言うんです。おかしくなっちゃって(笑)。

――本当におかしな話ですね。栄養士と称される方は、結局、本当のところは何も分かっていないわけですね。

Aさん 要するに、身体は食べもので造られているということを知らないんでしょうね。
 さらに栄養士さんたちが、「私たちはどんな食べものが入ってきても、病氣にならないために給食を食べて身体を強くするのです」、と付け加えるのです。
 私は何でそんなことを言うのか不思議でしようがありませんでした。結局、給食で変なものばかり摂り入れているのに。

みんな病院の治療食で亡くなっていった

――大体の栄養士さんは現代栄養学に洗脳されていますから、森下自然医学の理論をお話しても、おそらく受け入れないと思いますよ。

Aさん そうかもしれません。学校給食の前は、病院で治療食(流動食など)を作る仕事を10年ほどしていたのでよく分かります。
 森下先生もおっしゃっていたとおり、病院では昭和44年ぐらいから、今まで来なかった癌患者がコンスタントに増え始めました。私は、その重症な患者さんたちに、その間違った治療食を亡くなられるまで作り続けたということになるわけです。亡くなるまで1年ももたなかったですね、半年あれば十分でした。

――治療食とは、どんなものだったのですか。

Aさん 例えば、筋ジストロフィーの場合、卵を1食に2個、牛乳は1日2本、それに肉。みんな死んでいきました。医者と栄養士が一緒になって献立を考えているんですけど、結局は治らないから大した治療じゃないなぁと、私は当時でさえ思っていました。
 今から考えると、意味のないカロリー計算をしたり、蛋白質は必須などの間違った概念をもっていたんですね。
 そこで私は、「どうして内臓の病氣は治らないのか。何で癌という病氣になったのか」と、ずうっと疑問をもち続けてきました。そして悩んでいるうちに森下先生の本を読んで、「あぁ、そういうことだったのか!」、と感心しました。一発で「森下自然医学は凄いなぁ」、と分かりましたよ。だから、もともと興味はあったのです。

――現代医学は全くの機械論ですよね。治療食を食べさせているのに死期を早めている―と言うことになっているわけですから。
 でも通常の人は、現代医学でも太刀打ち出来ないほど重症な患者だった―と理解して納得していますよ。そしてほとんどの医者も、薬以外では病氣は治らないと本氣で思っています。

Aさん 病院の医者も、薬が効かないと言っていました。そういうことで、当時、私は元氣でしたが、いつか病氣になったらお茶の水クリニックにお世話になろうとは思っていました(笑)。
 もし病院で私が癌と言われたとしても、びっくりしませんね。そして、いつもどおりヨガなどの運動もして普通の生活をしますね。だって自然医学で治るわけですから。私の知人では、癌の告知を受けて頭が真っ白になって自殺しようとか、5年間は安静にしなきゃとかで、深刻になっていましたよ。
 だから仕事上、食事が密接に関わってきたので、森下先生のおっしゃることが100%分かります。

――本日は、貴重なお話をどうもありがとうございました。