不安神経症

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薬漬けの治療はもういらない!―自然医学がもたらした奇跡の回復―

患者さんの体験談

今回、お話を伺ったのは、26年間、自然医食を実践されているAさん(東京都在住・59歳)です。
 開口一番、「初診の時は、椅子にも座れないほど重病だった」とおっしゃったAさんですが、そんな面影はみじんもなく、お元氣なご様子です。
 事の発端は、突然心臓が止まるような息苦しさと不安に襲われるような発作でした。「不安神経症」と診断されたAさんには、治療のために次々と強い薬が投与されますが、病状はよくならず、内臓までぼろぼろ、一時は周囲の人達が生命すら危ぶむような状態でした。薬漬けの治療に疑問を抱いていたとき、偶然にも森下院長の著書と出会い、クリニックを受診。薬を少しずつ減らし、食事療法を粘り強く続けることによって、寝たきりの状態から、すっかりお元氣になられました。それを目にした近所の人々が、「どんなことをしたの?」と口々にきいてくるほどの奇跡的な回復ぶりだったということです。
 病氣の根本を考えず薬で解決しようとする現代医学と、すぐれた自然治癒力を促す「自然医学」との対比が、ここでもくっきりと浮かびあがります。

院長の所見

診察(8月26日)
■内臓機能曲線
血液の循環の状態と肺の働きが鈍い。自律神経の働きは不安定。神経的に胃腸の働きが変化しやすい。消化管、とくに胃の働きが落ちている。大腸の一部に負担がかかっている。腹部臓器、肝臓、腎臓、婦人科系統の働きもわずかに落ちている。
■一般血液検査
血液の数値では、尿素窒素など腎臓の数値が少々高い。中性脂肪も少し多い。

院長 ああ、腎臓の働きに、暑さの影響がちょびっと出ていますね。でも、肝臓は大丈夫。肝臓の、GOT、GPTの数値は、前に比べて下がってきています。肝臓から毒素が抜けてきているということですよ。
それから血液生態ですが、写真に青い色がちょっと見えますが、これは農薬です。こちらは食品添加物でしょうね。

Aさん けっこう氣をつけていても体に摂り込まれていますね。

院長 そう。どうしても入りますよ。悪い物が体内に入ってくるのを避けることは、もはやできない社会状況と思ったほうがいい。悪い物が混入していることを前提にして、それを速やかに処理してもらえるよう、自分の体に任せる以外に方法はありません。食事療法をしていない体ならば、有害物質の処理はむずかしいでしょうが、Aさんは、これだけ時間をかけてこられましたから、それが可能な体になっていますよ。

 毛髪氣能検査ですが、玄米、丸麦、はと麦、粟、稗、黒豆、小豆、大豆、そばなどの穀類は全部合っています。玄米以外に粟、小豆が、とくによく合っています。

 それから、やはり自律神経系の交感神経、副交感神経がマイナスです。したがって消化管がどうしてもマイナスになります。十二指腸だけがかろうじてプラス1ですが、他は、胃がマイナス1、小腸がマイナス1、大腸がマイナス2という数値になっています。腎臓がマイナス2、肺がマイナス1。婦人科系統がマイナス2。したがって婦人科系統や、マイナス2である腎臓がウィークポイントになっていますよ。

Aさん 腎臓ですか?

院長 そうです。薬物性腎障害であるようにもみえます。でも、今のやり方を継続していただくとよいと思いますが、もし体の調子が悪いという自覚症状が起きた場合、主食中心の食事にしていただいて、体重を落とされるとよいでしょう。体脂肪が、20かそれ以下になると、いろんな自覚症状も自然に解消します。

Aさん 今年のはじめくらいですが、コレステロールが下がらなくて、階段をつとめて歩くようにしました。コレステロールは変わらないのですが、体重が4キロくらい減っています。体も引き締まりました。

院長 体重を落として、さらに体脂肪を20くらいにすると、ずいぶん違います。

Aさん そうですか。
 それから、氣になるのはさっき指摘された腎臓です。これは別に思い当たる節はないのですが、もともと持って生まれた弱点という意味なんでしょうか。

院長 そうです。思い当たる節が見つからないにしても、あなたのウィークポイントの一つでしょう。海で誕生して陸の上に這い上がった動物たちは、みんな腎臓が弱いんです。細胞の一つひとつに海の環境を与えなくてはなりません。この作業を腎臓がやっているわけで、大変な負担がかかっているんです。腎臓をこの負担から解放しようと思えば、人間は再び海に舞い戻って魚と一緒に生活しなくてはなりません(笑)。

Aさん 腎臓の負担を軽くするには、例えば、水分をあまり摂らないようにするとか、塩分を控えるということはあるんですか。

院長 ええ、腎臓を休ませるにはいくつか条件があります。まず動物性の肉類を完全にカットすること。次に、化学薬剤を飲まないこと。化学薬剤は腎臓にかなり大きなダメージを与えます。それから3番目はストレスをかけないことです。腎臓は、海中から陸上への生活転換ではじめて必要となった一番新しい臓器ですが、新しいだけに非常にストレスに弱いんです。

Aさん もし、一定期間に強いストレスがかかったとすると、そのストレスから解放されれば、腎臓も元に戻って活発に動くようになるんですか。

院長 そうです。例えば車を運転している間、腎臓はカチンカチンになっています。腕自慢の運転手は、「自分は事故なんか起こすわけがない」とアタマでは思っている。ところが腎臓は、全然そんなこと信用していない。衝突した場合、人体よりも車体の方が頑丈なことを知っていて、目的地で車から降りたとたん、「これで命拾いをした」と、元通りに膨らんで活動し始めます。

Aさん ストレスって、強く受けたそのときはわからないんですが、後で全身の調子が悪くなり、強いストレスだったんだと思うことが多々あります。腎臓が弱いというのも、その辺からきているのかもしれませんね。

院長 そういうことです。大事にしてください。浮き袋につかまって浅瀬でバチャバチャやるだけでも、腎臓は大喜びです。海辺に行くだけでも、全身の細胞は喜びます。

Aさん 海がいいんですか。

院長 だって、命は海で発生したんですから。その意味ではプールではだめです(笑)。

Aさん はい、わかりました(笑)。ありがとうございました。

インタビュー

奇跡的な回復

――26年前、クリニックにはじめていらした当時は、どのような状況でしたか。

Aさん ここに来たときは、重病だったのよ。クリニックにも一人では来れないので車で人に連れて来てもらってね。当時は検査室にベッドがあって、順番が来るまでそこに横になっていたの。1年目は、だいたいそういう状況でした。起きて座っていることもできなくて、寝たきりでしたね。
 私が寝たきりの生活だったことを知っている近所の人が、元氣になった後で、私にこう言うの。「今だから言えるけれど、あなたのお父さんが亡くなったときに、次はあなたの番だって皆でうわさしていたのよ」って。近所の人ってずいぶん勝手なことを言うものだな、と思いました(笑)。

――傍目から見ても、それだけ素晴らしく回復されたということですよね。

Aさん 周りはずいぶん見ているということよね。それで、元氣になって外出するようになったら、「あなたどうしてこんなに元氣になったの?」と、近所の人や、見ず知らずの人なんかも近づいてきて、私にきくのよ。「実は玄米食をしてね」と話したら、それが近所に広まって、「それじゃ炊き方を教えて」と言うから、どこで買えるかということからはじまって、玄米の炊き方、それからこのクリニックのことも含めて自分のやっていることを全部教えましたよ。本当にあのときは、びっくりしました。自分のところに100人くらいの人がたずねて来たんじゃないかな。

効かなかった薬物療法

――具体的には、どのようなご病氣だったのですか。

Aさん 「不安神経症」だと病院で言われたんですよ。子どもを出産して半年くらいたった頃、夜中に突然、心臓が止まりそうになったの。目が覚めて、苦しいな、氣分が悪いなという状態になって、そのうち心拍数が減ってきて、体がしびれ、呼吸も苦しくなって、氣が遠くなってしまって。だから、家族を起こして救急車で病院に行きました。だけど、心電図を測ってもらったら、異常は何もないの。
 でも、それ以来、同じような発作が起きるようになって。バスや電車に乗ると、息苦しくなり、外出も思うようにできなくなりましたね。病院に行ったら、薬をくれるんだけど、薬がだんだん強いものになってきて。とうとう一番強い薬を使って治療したけど治らなかった。医者から、「このままでは治らないから、入院した方がいい」と言われ、千葉の病院に入院しました。そこでは、食事の前に精神安定剤を飲まされました。そして、「何か悩みがあるでしょう?」ときかれるんだけど、「別に…。いやなことはいっぱいあるけれど、それが悩みなんですかね?」と、くだらない会話をして(笑)。それをカウンセリングとは言わないと思うけれど。そこに3週間ほどいましたね。
 退院後は、薬をいっぱい飲んでという治療がずっとです。当時は、内臓もあちこち悪くて、他にもいろんな薬を飲んでいたの。時々病院で肝機能を調べて、数値がよくないと一旦それまでの薬をやめて、そしてまた別の薬を処方してということが、繰り返されて7年が過ぎて。でも、結局完全に治らなかったし、どうしようかなと思っていたら、このクリニックと出会って…。

タイムリーだった出会い

――どのようにして、クリニックを知ったのですか。

Aさん たまたま、東京新聞の夕刊を見ていたら、森下ドクターの本の広告が出ていたの。『クスリを使わない慢性病の治し方』というタイトルの本だったので、医学博士なのに薬を使わないというのは、ずいぶん面白いなと。それで、さっそくその本を取り寄せて、一晩で読みましたよ。さんざん、薬を使う治療をしてきて治らないという体験をした後だったから、本を読んで「これだ!」と思いましたね。その後すぐにクリニックに予約を入れたんですよ。

――クリニックに来るようになって、すぐに薬を完全にやめることはできましたか。

Aさん いいえ。7~8年飲んでいた薬を急にはやめられなかったので、クリニックで相談したの。そしたら、「少しずつ減らせばいいですよ」と言われたので、1年かけて少しずつ減らしていきました。

――食事療法をして、大きな変化はありましたか。

Aさん 最初の1年半くらいは、全く変化がなかったですね。「これだ!」と確信して食事療法をはじめたのだけれど、何も変わらないので、「他の患者さんは、よくなっているのにどうして私だけが」と焦りを感じたこともあってね、「これで、よくならなかったら仕方がない」と半ば開き直って続けました。そしたら、1年半くらいたったとき、急に、表に出ていこうという意欲が湧いてきたの。それまでは、歩こうという氣力すら湧かなかったのに、氣持ちが外に向くようになって。それで、夜、近所を散歩することからはじめて、子供の小学校の運動会にも行けるまでになったんですよ。

考え方も大きく変化

――どんどん回復されていったということですが、病状が回復されるときに何か好転反応はありましたか。

Aさん ありましたよ。まず、玄米をはじめた1年目の冬は、ものすごい寒氣がしたんですよ。綿入れを着ても、ストーブの前に来ても寒くて寒くて。食事療法のベテランの指導者にきいたら、血液が変わってくると、その年の冬は寒く感じられるということがあるらしいわね。それから、頭が割れそうに痛かったり、ものが屈折して見えたりということがありましたね。それは1ヶ月くらいで治ったけれどね。それから、一度膀胱炎のような症状が出たの。30分おきにトイレに行きたくなって、その度にお小水の色がだんだん濃くなって、最後には、血尿が出たの。腎臓が悪くなったのかと思ったけれど、そのときはすごい寒氣がしたので、これは好転反応かもしれないと、ピンときたわけ。血尿が出たのはそれ1回きりで、頻尿の症状も消えましたよ。

――その後は、乗り物に乗ると、息苦しくなるといった発作は起きなくなりましたか。

Aさん 全然なかったですね。でも、たまに不整脈のようなものはありましたが。それも含めて自律神経からきているのかなと考えて、自律訓練法に興味をもちました。それで、自律神経も訓練によってコントロールできるのだから、自分次第なんだっていうふうに考えられるようになったの。そういう考え方ができるようになったのは、食事療法をはじめてからです。それまでは、自分次第だという考えすらなくて、社会や他人や何かのせいにしていたから。考え方もずいぶん変わったと思います。

――どんな点が一番変化しましたか。

Aさん 利己的でなくて、広い視野で見られるようになったということ。あまり腹を立てたりもしなくなった。以前は何かあるとカァーッと腹が立って、怒鳴ったり喧嘩したりという具合で。今の若い人の悪い特徴みたいなものを先取りしていたかな(笑)。

――変わるきっかけになった出来事はありますか。

Aさん 人間だれしも、病氣になると考えるようになるでしょ。時間もあるしね。食事療法の本もたくさん読みましたよ。それから食事療法をしている友達もいっぱいできて、そういう人の自然体の考え方や生活に触れて影響を受けましたね。猛ダッシュするような生き方でなくて、ゆっくり行けばいい、そういう考え方になっていったの。 同窓会に行くと、昔の友達に、「あなたずいぶん変わったわね」なんて、言われる。

――長い間、自然医食を実践されていますが、食事療法を続けていくのが難しく感じられた時期もありましたか。

Aさん はじめたばかりの頃、あまりにも変化がないから、もうやめようかと思った時期がありましたよ。後から聞いて納得したけれど、すぐに変化がないのはそれだけ体の状態が悪かったからなんですってね。だから、やめなくて本当によかった。玄米食をしてきたことは正しかったと思います。そういう意味でドクターには感謝です。