卵巣癌(その1)

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やはりこの道で正解だった―抗癌剤治療を離れ、自然医食で回復―

患者さんの体験談

「食事療法は継続していくことが大切」とわかってはいてもついついおろそかになってしまう。そんな経験をしている方も少なくないのではないでしょうか。

 今回登場していただいたのは、卵巣癌の手術後、抗癌剤の治療を打ち切ったのを機に自然医食に専念されている、Aさん(53歳・神奈川県在住)です。手術直後のつらい時期を乗り越えて、院長も驚くほどの回復力をみせています。

 今は、きっちりと指示どおりの食事をされているAさんも、以前は玄米菜食を継続していくのがむずかしかった時期もあったと言います。しかし、約2年間、徹底した自然医食を実践されて、「自然医食はすぐに結果がでるものではない。継続することによってだんだんと体がよくなるのがわかるようになる」と、実感されているということです。そして、排毒がすすみ、体も楽になって、現在は生きる喜びと感謝に満たされた日々を送っています。

 「もっと元氣になったら、仕事をしていきたい」と意欲をみせるAさんの笑顔から、自然医食が回復へと導く力強さを感じました。

院長の所見

診療(6月17日)
■内臓機能検査
自律神経の働きは不安定。神経的に胃腸の働き、胃、小腸、大腸の働きは変化しやすい。消化管としては、十二指腸の働きが少し落ちている。神経的なストレスが十二指腸にまとまりやすい。大腸の一部に少し負担がかかっている。血液の循環の状態、肺の働きなどがやや鈍い。腹部臓器、肝臓、腎臓、そして婦人科系統の働きが少し落ちている。

■一般血液検査
血液の数値、尿素窒素、腎臓の数値が少し高い。中性脂肪が少し多い。GOT、GPTもわずかに高く、肝臓に毒素がたまっているらしい。

院長 肝臓自体にも毒素がたまっていますが、さらに体のあちらこちらから血液中に溶けだした毒素が肝臓に送りこまれて、肝臓の仕事量が少し増えてきています。
 血液生態ですが、写真の上の方は、肺から出た毒素。左下は色がちょっと変わっていて、薬毒が出ています。化学薬剤です。

Aさん それは、卵巣癌の手術後の抗癌剤でしょうか? 癌になる前のことですが、腎盂炎を患って入院しているんですよ。そのときに点滴もしています。

院長 抗癌剤を入れたのは2年くらい前ですよね。腎盂炎はどれくらい前でしたか?

Aさん 7~8年前です。それから、以前、子宮内膜症の治療をしたときに、子宮の中に悪い血が溜まっていたので、手術をしています。そのときにやはり薬を使いました。

院長 そうですか。新しく投与された抗癌剤は、見るとわかります。これは、抗癌剤ではないようですね。
 毛髪氣能検査の結果についてですが、まず自律神経系、交感神経、副交感神経系がマイナスになっています。そのために消化管、胃袋を除いて、十二指腸、小腸、大腸がマイナスに出ています。消化管以外の臓器としては、腎臓がマイナスになっています。それから婦人科系統がマイナスに出ています。そして、これらの各臓器にしっかりと薬毒が蓄積しています。
 玄米、丸麦、はと麦、粟、稗、黒豆、小豆、大豆、そばの穀類は全部合っています。
特にはと麦と小豆がよく合っていて、体の全組織に蓄積されている薬毒を血液中に溶毒するのに役立ちますから、積極的に摂るようにしてください。

Aさん 先生、まだマイナスが多いですよね。

院長 まだしばらくは、仕方がないですね。

Aさん そうですね、しばらくは(うなずく)。
 ところで、先生、静脈瘤はこの食事をしていたらよくなりますか?

院長 ええ。現状は、組織が弛緩しているのですが、食事療法によって、全身の緩んでいる組織がぎゅーっと締まってきます。下垂していた内臓がずりあがってくるとか、静脈が弛緩して広がっていたものが、少しずつ締まってくるとか、いろんな現象が起こります。

Aさん 手術してから、寝た姿勢では頭が上がらなかったのが、ようやく少しずつ上がるようになりました。頭が上がるようになった頃から、首や肩が軽くなってきました。

院長 肩の部分には化学薬剤がよくたまります。それが抜けてきたということです。

Aさん 首や肩が軽くなったのと同時に、足も軽くなってきました。

院長 腰から太ももにかけて蓄積していた毒素も抜けてきたんですよ。薬毒は、頭皮下組織からずっと、首、うなじ、肩の部分にかけてたまるんですよ。それがまだ完全ではないけれど、抜けつつあります。本当にありがたいですね。

Aさん そのせいか、びわ葉温灸を頭にすると、びわの葉が真っ黒になります。
 それから、最近、体温が上がってきました。以前は35度5分くらいだったんですよ。でも、今、平熱が36度から36度5分の間を行ったり来たりしています。体全体もすごく熱いんですよ。体温が上がったせいでしょうか。

院長 今、調べてみましょう(Aさんの右手をレーザー式体温計にかざす)。36度。あっ、やっぱり普通の人より体温がだいぶ高いですよ。

Aさん だから、近所の人と話をしていて、「今日は寒いわね」と言われても、私は全然寒くありません(笑い)。

院長 結局、薬毒が抜けたため、全身の血液の循環の状態もすごくよくなってきました。これは、面白い。うん、ここにきて体質がずいぶん変わってきましたね。もちろん、いい方向にね。毒素がただ抜けてきたというだけでなく、体全体がパワーアップしてきました。

Aさん 先生、このまましっかり続けていけば、大丈夫でしょうか。

院長 大丈夫。しっかり続けてください。

インタビュー

抗癌剤治療に限界を感じて

――今日の院長の診察では、排毒もすすんで、体がよい状態に向かっているというお話がありましたね。

Aさん おかげさまで。でもまだ本調子ではないんですよ。毎日犬の散歩をしていますが、日によっては歩けないなと感じるときもありますしね。

――卵巣癌だったということですが。

Aさん そうです。卵巣癌で右卵巣摘出手術をして、今年9月で丸2年になります。
 卵巣癌でもだいぶ悪い種類の癌だったようです。抗癌剤を1ヶ月に1回ずつ半年間、投与しましょうということだったんです。ところが、1回目の抗癌剤を入れた後に、副作用でいろいろ症状がでてしまって。

――副作用といいますと。

Aさん 最初は関節がおかしくなったり、視界に黒い糸のようなものが飛ぶような感じがありました。2~3週間すると、手がアカギレのようにひどく切れました。神経系統にも影響があったのか、主人が自分の目の前におかずのキムチを置くと、それだけで涙がぽろぽろ出てきました。他には、しびれがでたりと。このまま抗癌剤を続けたら、癌をどうにかする前に、他の体の機能がだめになるのではないかとこわくなりました。それで病院を切ったんですよ。

――抗癌剤治療で、病院での癌治療の限界を感じたということですか。

Aさん そうです。それでお茶の水クリニックにお世話になることにしました。
 当初、森下先生から、「あなたは1度死んでいる」とかなり厳しいことを言われました。「正常な人が乗るバスがあるとしたら、あなたはそれに乗れていない。バスから降ろされ、取り残されて、バスの後をやっとついて行く状態です。死んだ氣になって一所懸命やらないと、本当に命がないですよ」ということでした。そこまで言われて、はじめは泣いていました。
 だから、今、「大丈夫ですよ」と、先生から言われると、とても安心します。

――食事療法で治療をしようと思ったのは何か理由があるのですか。

Aさん 実は卵巣癌でクリニックにお世話になる以前にも、こちらに来ていたことがあるんです。はじめて来たのは、20代の頃です。クリニックに通っていたイトコから評判を聞いて興味を持ちました。当時はたいした病氣はなかったのですが、「健康のために玄米でも食べるとよいかな」という氣持ちで、何回か通いました。
 その後、40代半ばで急性の腎盂炎になりました。病院でなかなか腎臓がよくならなかったので、クリニックで本格的に食事療法をしました。そのままずっと続けていればよかったのですが、よくなってくると、クリニックに足が向かず、玄米もだんだん食べないようになってしまいました。不摂生な食事に戻ってしまい、その結果、こういう状態になったんだと思います。
 私はとにかく甘いものが半端でなく好きで、朝からケーキを2個食べることもありました。ごはんは食べなくても甘いものは食べていましたね。今から考えると、すごい食生活です。

――今回は覚悟を決められて、食事療法を徹底して続けられているのですね。

Aさん ええ、本当に先生の指示どおりにやっています。間食もたまにナッツをほんの少し食べるくらいです。幸い、玄米雑穀ごはんは大好きなので、今は玄米と味噌汁、ごましお、たくあん、それとめざしがあれば満足です。ただ、もう少し量を食べたいというのはありますね。
 考えてみると、やっぱり自分の行き着く先はここだったのかなと思います。これからはずっと玄米菜食をしていくつもりです。

――現在まで順調に回復されましたか。

Aさん すぐに元氣になったというわけではありません。最初の1年間はとてもきつかったです。思うように体が動かなくて。まず、元氣な頃のようにさっさと歩けません。犬の散歩でちょっとした坂道に出くわすと、きついなあ、いやだなと思うようになってしまいました。それから、お風呂の湯船を洗うのもままならず、また布団を干すのに布団を持って2階に上がることができませんでした。自分で食事をするのにもすごく時間がかかりました。
 もともと、動きまわっていた人間なのに、動けないということは、すごいストレスです。一時期、飼い犬や主人に、そのストレスをぶつけて当たることもありました。時にはお皿を床に投げつけたい衝動に駆られたこともあります。そんなとき、友達に電話で話を聞いてもらいました。友達は、「100円ショップでお皿を買って投げつけなよ」と言ってくれたりしました。
 それと、食事の量を減らしたものですから、最初のころ、食べたい、食べたいというのがありました。体重も17~18キロ落ちましたから。
 最初の1年間はこんなふうで、体のいろいろな不調と、もっと食べたいという欲求と、精神状態とがすべてかみあわなくて、きつかったです。

――いつくらいから今の状態まで回復されましたか。

Aさん 本当に落ち着いてきたのが、最近、5ヶ月くらい前からです。それまでは、すごく不安がありました。例えばどこかが痛くなると、肺や食道に転移したのではないかと考えたりしました。調子が悪くて痛いのか、好転反応なのか、本人には判断できないですよね。
 でも、今は血液に毒素もたくさん出ています。先生も「大丈夫」と言ってくださるので、ちょっと安心です。今までは、なかなかそういう言葉がなかったんですよ。

――継続してきた成果がでているんですね。

Aさん 私、自然医食って、すぐに結果がでないと思うんですよ。びわ葉温灸なども、毎日続けてやっていると体の調子がいいなというのがだんだんわかってくる。だから、持続していくのは、自分との戦いじゃないですか。それが大変なこともあります。でも、こっちの方向を選んだのは、悔いはないですよ。病院はやめてよかったです。
 主人からは、「できたら、病院で手当てをしてほしかった」と言われました。でも、「例えば、ここで再発して命がなくなってもそれは自分の選んだ道だから」と主人に話しました。主人も最終的に「おかあさんの人生で、おかあさんが決めたことなのだから」と納得してくれました。

食べられること、動けることに感謝

――回復してきて、生活や精神面で何か変化したことはありますか。

Aさん 健康が一番ですね。今回、こういう病氣をしてみて、口から食べられて、動けるということはすごくありがたいことだと痛感しました。お金なんかなくてもいいと思いました。

――健康なときには、なかなか実感できないことですね。

Aさん 本当にね。好きなものを食べて、好きなことをしていたときには、こんなことを思ったことがありませんでした。
 今回、いろいろなことを体験しましたが、周囲の人、みなに助けてもらったということは大きかったです。やはり感謝ということをすごく感じました。
 友人にカトリック信者の人がいて、神父さんを呼んでくれてお話を聞かせてくれたりもしました。私は無宗教だけど、そういうのもありがたかった。それから、主人の姉が来ていろいろ手伝ってくれました。でも、何といっても一番協力してくれたのは、主人です。ここまで元氣になれたのは、主人の助けがあったからだと思います。自分ひとりではこんなに戦えないですね。
 だから、夜寝る前には、「今日も一日無事に過ごせた」という感謝の氣持ちがでてくるようになりました。人に対しての感謝もそうだけど、物事に関して感謝ができるようになりました。病氣をしたことによって、ものの考え方が変わりましたね。
 主人にも「おかあさん、病氣をしてよかったんだよ」と言われます。「このままいけば、体もきれいになって、今までより元氣になれるよ」と言ってくれます。

――感謝の氣持ちが、さらなる回復にもつながっていくのかもしれないですね。もっとお元氣になられたら、何かなさろうと思っていることはありますか。

Aさん 元氣になったら、仕事をしたいですね。癌で手術する前は介護の仕事をしていたんですよ。介護の仕事に限らず、何かできることがあればしたいという氣力がでてきました。ただ、今は体調に波があるので、仕事ができるのはもう少し先です。
 ですが、本調子でないとはいえ、以前と全く違います。精神的にもずいぶん落ち着きがでました。先生も毒素が抜けてきたとおっしゃっているように、自分でもだいぶ体が楽になっていると感じます。これからも、いろいろなことに感謝しながら、一日一日を大切にする生活をしていきたいです。