C型肝炎(その1)

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自然医学は「与えられた命」を生かす道
―病氣と共に元氣に生きる―

患者さんの体験談

 以前、点描に登場していただいた方が、その後、お元氣に過ごされていることほど励まされることはありません。
 今回お話を伺ったAさん(京都府在住・62歳)からも、うれしい報告をいただきました。ちょうど11年前に姪御さんと共にご登場いただいたのですが、Aさんが氣にされていた胸のしこりはすっかりなくなっていたのです。また、乳癌であると診断を受けていた姪の幸子さんも、癌の進行はなく、元氣そのものであるということです。
 Aさんは36年前に出産時の輸血で慢性肝炎になった時に自然医学と出会い、以来、玄米菜食を続けています。自然医食を実践することで、投薬なしに日常生活をごく普通に営み続けています。
 森下院長の理論に触れ、与えられた命をありのままに生きていくことが、自然医学の真髄であると感じたというAさん。ご家族を看取ったり、ご自身の加齢を意識される中で、与えられた命をいかに最後まで元氣にまっとうしていけるかということが、これからの課題であるとおっしゃられ、その努力を惜しみません。

院長の所見

診察(1月17日)
■内臓機能曲線
自律神経の働きが少し不安定。神経的に胃、小腸、大腸の働きが変化しやすい。胃の働きが少し落ちている。大腸の一部に負担がかかっている。血液の循環や肺の働きも多少鈍い。肝臓、腎臓、婦人科系の働きが低迷している。
■一般血液検査
寒さの影響で、尿素窒素、つまり腎臓の数値が少し高い。中性脂肪も少し上がっている。GOT、GPTは、まずまずである。

院長 血液生態ですが、毒素がたくさん出ていた一時期と比較すると、今回は毒素があまり出ていません。毒素がどんどん排出される山の時期と、あまり排出されない谷の時期とがありますが、今は谷の時期に入っています。

Aさん また昨年の4月からこちらに診療に来るようになったのですが、最近少しずつ体重も増えて、疲れにくくなってきました。このままの状態ならC型肝炎と共存しながら、元氣にやっていくこともできるかもしれないと考えています。

院長 そうですね。4月からの全身的な動きを見ると、随分改善してきています。血液の状態もよろしいです。
 毛髪氣能検査では、胃、十二指腸、腎がそれぞれマイナス1となっていますが、その他の臓器はよい状態です。
 それから、玄米、丸麦、ハト麦、粟、稗、黒豆、小豆、大豆、ソバの穀類はすべて好合性です。玄米以外の穀類では、特に粟、黒豆、大豆が合っています。

Aさん 先生、2月号の自然医学誌の鼎談の中で「病氣の原因は自分史の中にある」ということをおっしゃっていましたよね。私はこれまで、「出産の時の出血多量で輸血されたから、C型肝炎になった」と思っていました。でも、そういったウイルスを跳ね返すような体であれば、かからなかった可能性だってありますよね。そう考えると、病氣の原因は、やはり自分の中にあるのかなあ―と思えてきました。

院長 確かに、体が元氣な時ならば、抵抗力も自然治癒力もありますから、病氣にかかりにくいでしょう。問題なのは、出血多量を招いた原因。そして輸血がどうしても必要な時は、かなり体も弱っているはずです。健康でピンピンしているなら、輸血なんて必要ありませんからね(笑)。
 それから、輸血に関して面白いエピソードがあります。輸血後、それまで、全くお酒を飲めなかった人が、急にお酒が欲しくなったりすることがあるんです。追跡調査をしてみると、血液を提供してくれた献血者が大酒飲みだった―という例がいっぱいあります。その人の性格や体質的な特徴も輸血されるのです。

Aさん 血液の影響って大きいんですね。
 輸血された時の3本のうちの1本の血液が、ボトリボトリと落ちる、ドロッとした血液だったんですよ。それを輸血されている最中に、全身に蕁麻疹が出てしまったので、輸血をやめてほしいと言ったのですが、聞き入れられませんでした。輸血で提供者の何かがうつるなら、汚れた血液の持ち主の病氣をもらってしまうこともあるでしょうね。あの血液の持ち主から肝炎をもらったのではないかと、そんな氣がしています。

院長 輸血によって思いがけない影響があることを想定し、覚悟してやることが必要でしょう。

Aさん それから、先生、年々自分がいろんな面で年をとっていっているということを実感するようになりました。今後も元氣に生きていくために、氣をつけていくべきことはありますか。

院長 全体的にとてもよい状態になっていますから、この調子で、食事生活を今のまま維持し崩さないことですね。

Aさん 食事ということで、思い出したのですが、最近食欲も出てきて体重が増えてきつつあります。
 ですが、やせていた影響でヘルニアになってしまい、痛みが出るんです。これを手術しようか、どうしようか迷っているのですが、先生はどう思われますか。

院長 病氣を治す過程ではやせた方がいいのですが、やせてくるとどうしても組織間の隙間ができてくるので、ヘルニアなどの問題が浮上してきます。運動をし、適度に筋肉などをつけて隙間を埋めることも必要です。運動を続けながら、召し上がられる玄米の量を増やしてみてください。そうして体重を少しずつ増やしていくと、体のバランスがとれてきて、ヘルニアも自然と解消されていくだろう、と思います。

Aさん 運動しながら、体重をもう少し増やすといいということですね。わかりました。ありがとうございました。

インタビュー

いつの間にか消えたしこり

――Aさんには、1996年の2月号に、姪御さんと一緒においでになっていたのを、クリニック点描で取り上げさせていただきました。11年たった現在はどのような状況ですか。

Aさん クリニック点描に出たことをすっかり忘れていました(笑)。あの時は姪が乳癌で、私にも乳癌かどうかはっきりしませんでしたが、胸に小さなしこりがありました。
 今の状況をお話しすると、姪は胸のしこりはなくなってこそいませんが、小さくなっています。本当は本人にここに来て話してもらえるとよいのですが…。外出の時も玄米のおにぎりを持っていくという徹底した食事療法が功を奏したのか、とても元氣です。

――Aさんのしこりはどうなりました。

Aさん 言われて、氣がついたのですが、しこりは完全になくなっています(笑)。

――氣がついたら、影も形もなくなっていたというのはすごいですね。

 昨年4月からまたクリニックにいらしているのは、C型肝炎の治療のためということでしょうか。
Aさん 肝炎は胸のしこりよりも、以前からの病氣なんです。28歳の出産時の大量出血で輸血を受けたのですが、それがもとでかかってしまいました。今回は肝炎のことだけでなく、この数年の間にいろんなことがあって、かなり疲労困憊しました…。
 2002年に主人が亡くなりまして、その後、家を処分したり、お墓を整理したりと、さまざまな後処理で忙しかったんですね。それが一段落ついた頃に、何をする氣力もわかないくらい、ひどい疲労感に襲われたんです。主人の看病をしている最中から体重が減る傾向にはあったんですけど、一時期は32キロくらいになっていました。
 元氣を取り戻そうと、また森下先生にご指導いただこうと思って、昨年4月から毎月クリニックに来ています。

――今日の診療では、よい状態にあるので、この調子でいけばよいということでしたね。

Aさん そうですね。血液の数値も4月に比べると改善してきているとお話がありました。体重も10月くらいから少しずつ増えてきています。以前のような疲労感もなくなってきました。

自然医学との長い歴史

Aさん 実は、自然医学とはとても長いお付き合いなんです。だから、これまでの経緯を先生にもわかってもらえるようにと、自然医学との関わりを中心に、自分の健康状態、それから当時、主にどんなものを食べていたか、などを年表にしてみたんですよ。

――せっかくですから、年表に沿って、お話しいただければと思います。

Aさん まず、自然医学との出会いですが、輸血で慢性肝炎になった時に、姉の師範学校時代の音楽の先生が自然医学をすすめてくださったのがきっかけでした。その方は、その後、自然医食品の製造に携わった澤田酒造の社長になられた人ですが、お話を聞いていて、素直に「これだ!」と信じられるものがあったんです。それが1971年のことです。
 当時、主人の転勤先である北九州の小倉にいた私は、本屋で森下先生の本を探し回って読みました。本を読んで勉強して、玄米と味噌汁と野菜という食生活をはじめました。同時に病院でもらった薬は全部捨てました。その後、病院で検査をするということはありましたが、治療や投薬は一切受けていないんですよ。

――クリニックができたのが、1970年です。だから、当時としては、お姉さまの恩師も、それからAさんも先見の明があったということですね。

Aさん 当時は本当に必死でした。大量出血の出産の子供は残念ながら直後に亡くなりましたが、上の子供が2歳でしたから、この子を残して死ねないという思いが強かったです。肝臓の調子がよくない時などは、吐き氣や地面に引きずりこまれるようなひどい倦怠感に悩まされました。少しでも生の方向へ近づくことができればと、一生懸命でした。大量出血で命が危ぶまれたり、肝炎に苦しんだことで、自然医学の言っていることに眼を開かれたのかもしれません。

――診療で「自分史の中に病氣の原因がある」が話題になっていましたが、年表からお氣づきになったことはありますか。

Aさん 若い頃の食生活や健康状態なども年表に書き入れたのですが、10代後半でかっけを患ったんです。パンが大好きで主食は白米という生活でしたから、いろいろなものが不足していたんでしょうね。出産の大量出血は、貧血からきているということです。若い頃の食生活が出産時の弛緩出血につながり、そしてまた輸血で肝炎になる下地になっていたのだと思います。

――最初は独学で自然医学を勉強されたということですが、クリニックに初めていらしたのは、いつ頃ですか。

Aさん さすがに小倉からはクリニックに通おうとは思いませんでしたので、初めてクリニックを受診したのは、夫の転勤で豊橋市に移ってからです。豊橋から新幹線で楽に東京に出て来られたものですから。それが1979年のことです。受診以前から、玄米菜食をずっと続けていたからかもしれませんが、血液の状態がとてもよいということを言われたのを覚えています。
 定期的にクリニックに通うようになったのは、’92 年頃からでした。主人が入院する’99 年頃までそれが続きました。

乗り越えてきた出来事

――年表を拝見すると、前回クリニック点描にご登場いただいた、1996年という年にはいろいろなことがあったようですね。

Aさん C型肝炎と診断されたのも、実は’96 年だったんですよ。輸血を受けた直後の検査では、血清肝炎が慢性肝炎になっていたと告げられました。その後の検査では非A非B型だと言われました。’96 年になって、肝機能の精密検査を受けたら、C型肝炎だと診断されて驚きました。でも、クリニックの食餌箋どおりの食事をしながら、特に支障をきたすことなく日常生活を送ることができたんです。当時、クリニックでの血液検査の結果も悪くなかったんですよ。

――'96年の他の大きな出来事というのは何ですか。

Aさん 主人が白血病と診断されたんです。その道の権威と言われる有名なお医者さんを紹介してもらって、診てもらったのですが、骨髄移植は年齢的に無理なので、抗癌剤治療しかないと言われました。
 そしたら、それまで、自然医学にも玄米菜食に興味も関心もなかった主人が、抗癌剤を使わないで私と同じ食事療法で病氣を治したいと言ってきたんです。仕事上の付き合いも多く、これまで現代的な食事一辺倒だった主人には、正直言って続けるのはむずかしいのではないかと思いましたが、本人の決意は固かったんです。3年間、私も感心するくらいよくやっていました。
 外出先で食事する時は、私がつくった玄米と野菜のお弁当を持っていき、「おいしい」と食べていました。外国に出張する時も、食事一式やカセットコンロをトランクに詰め込んで出かけたんです。
 当時は、クリニックにも夫婦で来ていたんですよ。でも、ふとした油断から、重い肺炎になって入院を余儀なくされました。入院すると、白血病と肺炎がありますから、両方の病氣の投薬がはじまるわけです。そうすると、主人の考え方も自然医学から遠ざかってしまいました。ようやく退院しても、玄米の食事には戻りませんでした。
 肺炎にかかる前に、なんだか食生活がおかしくなっているなあとは感じていたんですよ。もし、あのままきちんと続けていたら、元氣になっていたかもしれないです…。
 結局、主人は2002年の1月に亡くなりました。

――ご主人の看病と亡くなった後のさまざまな事後処理の疲れが蓄積されて不調をきたされたというのが、昨年の春だったというお話につながるわけですよね。

Aさん 趣味で続けてきたコーラスも全くやる氣になれないくらい、疲労と倦怠感がひどかったんですよ。こんなに元氣になれたのは、森下先生のご指導のおかげです。

――お話を伺って、自然医学と共にさまざまな出来事を乗り越えてこられたと感じました。今後は、自然医学とどのように関わっていきたいとお考えですか。

Aさん だんだん年をとっていくでしょ。若い頃とは、体もまた違ってきていますよね。自立して元氣に老後を過ごすにはどうしたらいいかなと考えているんですよ。
 自然医学からみて、健康体で長生きする方法は何か、またそれを無理のない形で実践していく方法を、森下先生から伺いながら続けていきたいですね。与えられた命を元氣でまっとうできればと思います。

――今日は、ありがとうございました。